これは、出版社からの依頼により川柳作家と往復書簡のやりとりし、その作品の世界観を浮き彫りするという試みであった。
奥田みつ子氏の何冊もの川柳句集を読むにつれ、そこにある凜とした強さと矜持を見出し清々しい思いに包まれた。そのような作品の中でもソリテュード研究家として、琴線に触れた作品を選ばせてもらった。
特に年を重ねてなお「目も感性も磨いて自分の心と向き合う」という書簡の言葉が心に染み入った。まだ見ぬ人との出会いも、このような形で印象深いものとなるのだと心楽しい仕事であった。
川柳作家・奥田みつ子氏が作家の津田和壽澄氏と交わした手紙を紹介します。ご主人亡き後、ひとりの人間として生きるたくましさや哀しさが入り混じった句作を続ける奥田氏とソリテュード(積極的孤独)研究家の津田氏が、晩秋から初冬へと季節が移ろうなかで交わした心の交流の記録です。
ひとり居て昔のままの椅子五つ
ひとりには一人の旗よ風に立つ
奥田みつ子様
星も凍えそうな夜、お元気でお過ごしでしょうか。
川柳句集『遠き人へ』『ピンチにはうつむかないで空をみる』を拝読しました。一年を振り返るこの季節に出合った作品は、私の心を軽やかな落ち着きで包んでくれました。
どの句にも満ちる自己を客観視する内省的なゆとりが、そうさせてくれたのだと感謝しております。
それと同時に、大切な方を看取った後の作品には、悲嘆を養分となさった凛とした強さもうかがえ、その心の丈の高さに敬服致しました。それは
<ひとり居て昔のままの椅子五つ>
と詠むロンリネス(消極的孤独)の心境から
<ひとりには一人の旗よ風に立つ>
というひとり居の醍醐味を知ったソリテュード(積極的孤独)の世界観を見事に切り取った句からも察することができます。
奥田様は、今どのような心模様で句作に向かっていらっしゃるのでしょうか。
津田和壽澄
津田和壽澄様
御丁重なお便りを頂戴して恐縮いたしますと共に大変光栄に存じます。
今の句作に向かう心模様をお尋ねくださいましたが、夫を見送ってから四年後に恩師もまた彼岸に旅立たれました。丁度その直後から対談などのお話もあり、その度に申し上げて参りましたが、これからは人情の機微を詠む文芸川柳を広く一般の人たちに知って頂けるように力を尽くしたいと思っております。
サラリーマン川柳、企業川柳も川柳の一分野ではありますが、駄洒落や語呂合わせなど言葉遊びではない、詩心を大切にした文芸川柳の社会化に心血を注がれた恩師の先生方の万分の一でもお手伝いできれば幸せです。その為には、目も感性も磨いて自分の心と向き合い、その時その時の想いを適切な言葉で表現できれば最高だと思っていますが…。お尋ねくださいましたことの答になっていますでしょうか。心許ない限りです。
奥田みつ子
奥田みつ子様
早速のお返事ありがとうございました。拝読し、私が想像した通りの矜持をお持ちのお人柄に触れることができうれしく思いました。
それというのも、心の拠り所であった大切な方を続けて喪った後、悲しみのみに浸ることなく心を励まし、川柳を通して社会貢献をなさろうという姿勢が見事でいらっしゃるからです。
その生き方こそ、無意識であったとしても前便でもふれたソリテュード(積極的孤独)という時空間から想像された効用であろうかと思いました。その様に心の底に精妙な静けさを持つ方ゆえに『人情の機微を詠む文芸川柳』を広めていらっしゃれるのだと確信致しました。と同時に、私も『目も感性も磨いて自分の心と向き合って』精進して参りたいと新しい年に決意を新たにした次第です。
どうぞ、末永く川柳の輝きを社会に伝えて下さいますように。
津田和壽澄
津田和壽澄様
過分のお褒めの言葉を頂きまして、心から嬉しく御礼申し上げます。先生の『孤独力』を拝読いたしまして、私は無意識の中にロンリネスのままではいけないと懸命に自分に言い聞かせていたように思います。私には川柳があるではないか…。自分から望んで独りになったわけではないけれど、結果的に想像の源であるソリテュードの一端に触れることが出来たのは本当に幸運なことでした。
川柳は人間を詠むのですから人間が好きでなければいけません。そして川柳も好きで、わくわくして作句できれば素晴らしいのですが、何年も続けると新鮮な好奇心、作句力が薄れてきます。でも本来、川柳の視野は無限に広がっているのです。単なる言葉の羅列ではなく、自分の思いをこめた句を作りたいと思います。川柳塔社創始者麻生路郎の「いのちのある句を創れ」を胸に、川柳に誇りを持って正しい日本語で句を作ることが、川柳の社会科に役立つと信じています。いろいろお教え頂きまして有難うございました。
奥田みつ子
川柳塔社相談役・全日本川柳協会常任幹事
by @kazumiryu