前回は、あなたの周りに居る人たちをもっと好きになるように、そして社会と意味あるつながりを深めるためにも、ちょっとだけ「ひとりの時間」を意識してみませんか?
という提案でした。また、D.W.ウィニコットが論文発表した「ひとりでいられる能力」を活性化させるためには、ひとりでいる時間をもつ練習も必要となります。はたして私達は、どれだけひとりの時間を意識できているでしょうか?
例えば電車の中。
座っている人も立っている人もその半数以上は携帯を操作していませんか?「間がもたない」「時間がもったいないから情報にアクセス」など色々あるのでしょう。
緊急を要するものはどれだけあるのでしょう。それとも多くの友人がいて、密にやりとりをすればするほど友情が深まっていくのでしょうか? 携帯、スマホ、パソコンを3時間使わないだけで、落ち着かないという禁断症状を呈していませんか?私自身PCもスマホも多用し、TVをみながらCMになるとスマホでゲームをやっている事に気づくことがあります。
そんな時、われに返り考えます。「私は、何から逃げようとしているのか」と。
今、私達が享受している利便性を手放すのではなく、それを使いこなし真に必要で楽しいアウトプットを得るために、またその使い方が私達の心に及ぼす影響を考えてみる時期ではないでしょうか。そのことは11年前「親指族は本当に幸せか」(拙著『もう、「ひとり」は怖くない』お申し込みはこちら)ということでも触れたことですが、その後のインターネットの普及は目をみはるものがあります。ですから、ソリテュードという自ら選びとった時間を作る必要が、いま一層重要なのです。
そのような考えが共有されている学者がマサチューセッツ(MIT)工科大学心理学教授のシェリー・タークル博士です。彼女は30年以上にわたり家庭用PC、インターネット、SNSが人に与える心理的影響について第一線で研究をしており、90年代にはその活用が現実の生活を豊かにすると提唱していました。しかし、2012年の著書“ALONE TOGETHER”においては、これまでとは逆にテクノロジーが人をだめにしており、ソリテュード(彼女はNew Solitudeと表現)の必要性がIT機器に囲まれた現代では必須だと発表しています。これについて、彼女のプレゼンテーションを一部要約してみましょう。
「例えば携帯メールの短い文章はいくら重ねても会話ではない。それは読みたいところだけ読む、つまり会話でいえば相手の話の聞きたい所だけを聞くようなもの。人間関係では相手のつまらない話でさえ、それを含めて人柄がわかるようになる。適当は距離と関係性で自己コントロールできるのがメールの利点。それは結局のところ1)人付き合いが下手になり、2)自分と向き合うという内省ができなくなる」
では、なぜそのような行為を続けるのでしょう。
そこには誰も自分の話を聞いてくれない、構ってくれないという心理があり、情報を発信するFacebook, twitterというテクノロジーに癒されている状態だと彼女は考察し、皮肉をこめて以下のように語ります。
I share therefore I am
我、わかちあう故に我あり
シェリー・タークル博士はそのような状態を危惧し、自分自身に立ち戻り内省を深めるためにソリテュードが必要であり、そうすることにより他者と本当の意味でのアタッチメント(愛着)を築くことができると強調しています。
(彼女のスピーチ引用:Solitude is where you find yourself so that you can reach out to other people and form real attachment)
さらに、私達がひとりでいられることができなければ、現実はもっと寂しくなってしまうと結論づけています。
私も同感です。ひとりの時間を自ら選びとりその時空間をもつ意味は、現実生活での人間関係を豊かにするためなのです。けっして自分のまわりに壁をたてて一人虚空に遊ぶことではないのです。クリスマス、年末年始ひとりをこわがり、寂しさに包まれそうになった時は、以下の言葉を思い出し、何かを変えたいあなたに、古今東西の名言を集めたソリテュード・カードが日々の励ましになるかもしれません。
Start thinking of solitude as a good thing!
ソリテュードが良い事だと考えよう