KY(空気読まない)は嫌われ、絆という言葉がもてはやされる。SNS(会員制交流サイト)では友だちと常につながり、互いに「いいね」と共感しあう。「ぼっち」「孤独」とは対極に向かっているかのような現代社会だが、一人◯◯は流行し、各地の大学食堂には一人専用の“ぼっち席”が広がる。孤独って何だろう?最新事情を探った。
約7千人が通う大東文化大学東松山キャンパス(埼玉県)。食堂では、大勢の学生が大きなテーブルを囲んで談笑していた。目を移すと隣には「スピード席」と書かれた区画があった。席の前についてたてがあり一人でも座りやすい。部活動が盛んなため、集団でテーブルを占有することが多く、「一人でも使いやすい席を」との要望が保護者から寄せられ、3年前に導入した。その席で本を読んでいた男子学生(19h)「他の人がいると気を使う。やりたいこともできるし、こっちの方が落ち着く」。女子学生(21)は「トイレで弁当を食べる人がいるとか聞くけど、私は一人でも平気」とスマホでドラマを見ていた。一方、大テーブルにいた女子学生(19)は「一人で食べるのは嫌。いつも誰かと一緒です」と語る。
“一人焼き肉”を売りにする店が人気と聞き、東京・新宿に向かった。夕刻、繁華街にある「治郎丸」には行列ができていた。カウンターのみで、多くが1〜2人客。目の前に専用こんろが置かれ、肉も1枚単位で注文できる。中村隼人店長(40)=長崎県諫早市出身=は「女性一人も多いですね」。昨年7月の開店以降、売り上げも好調で、首都圏で6店舗を展開。実は日本ハムや巨人で活躍したプロ野球選手だった中村店長は「野球は周りが全員ライバル。まさに孤独ですよ」とも話してくれた。
「ぼっちをマイナスではなく前向きにとらえているからでは」。異色のグルメドラマ「孤独のグルメ」を製作するテレビ東京のプロデューサー川村庄子さんは、番組好調の理由をそう推測する。俳優松重豊さん=福岡市出身=演じる主人公が一人で飲食店に飛び込み、モノローグ形式で好きなことを言いながら、好きなものを食べる。それだけのストーリーが「受け入れられるのか」と当初は不安だった。ところが2012年の放送開始以来、ぐんぐん視聴率も上がり、人気番組となった。「学生も女性も、老後も一人。良くも悪くもぼっちは当たり前になりましたから」 と川村さん。
「日本語に訳した場合は、同じ『孤独』ですが、英語では“Loneliness”と“Solitude”とを明確に分けています」。そう語るのは「孤独力」(講談社)などの著書がある津田恵子さん。前者はさみしさを伴う否定的な孤独、後者は積極的に一人になるという肯定的な孤独を意味する。津田さんは米国の大学院で人間工学を学び、ソリテュードという考え方に出合った。群馬県内の大学の客員教授として「孤独学」を教えたこともある。
「着付けの時間は一人になれる時間」を新年に、年中着物を着る津田さんは10年ほど前から都内の中学校で着付けを教える。その中でソリテュードの重要性も説くが、生徒達の受け止めは年々好意的になっている。「SNSで友達が100人いてもひとりぼっちなんだと無意識にわかっている。一人の時間こそが、本来の自分を取り戻すことができる時間であり、創造の源でもあるんです」
その話を聞いて芸術家「オノ・ヨーコ」さん(82)の言葉を思い出した。オノさんは11月、東京都現代美術館で開いている自身の展覧会に合わせて会場を訪れ、芸術家を志した幼少期をこう振り返った。「友達もいなかった。母は忙しくて、父は海外、一人、孤独という考え方がとってもあった。その孤独の中で“女の力”ってすごいと思った。それを表したかった」。芸術家としての原点には孤独があったのだ。
20年ほど前、福岡から上京し、初めて一人暮らしをした。当時、村上春樹やアメリカのポール・オースターなどの小説をよく読んだが、主人公の孤独感、疎外感にシンパシーを感じ、引かれていたように思う。
孤独は当然さみしくもある。ただ、孤独だからこそ、何かを思い、何かを実現しようとする。そして、孤独だからこそ他社と交わり、社会とも交わるのではないだろうか。(小川祥平)
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