週刊朝日 2005年2月掲載
週一回一年間にわたるゼミの最終授業の日、学生は「孤独」についてのイメージ作品を各々提出した。うれしいことに、全員が「ロンリネス」ではなく「ソリテュード」のイメージをしっかりと認識し、それを漫画、詩、歌、絵、アンケート調査などという手法で表現していた。
「何となくわかっている」ということと「裏付けをもった事実として理解する」ということの違い、そしてそれを効果的にプレゼンテーションするということも併せて学んでくれたのではないかと考えている。楽しい授業であった。
また、この取材の副産物として、東京駅から高崎までの新幹線往復車中を同行取材なさった男性記者が、きものの魅力にひかれ、私のレッスンをうけきものを一回できられるようになったということがある。
「孤独学」。聞き慣れない学問だが、昨年4月に開校した創造学園大学(群馬県高崎市)のれっきとした一科目である。
それだけではない。当初3、4人の小規模な授業を予定していた「孤独学」ゼミの説明会には60人近い学生が殺到し、他の科目を差し置いて一番の人気を集めたというのだから本物だ。さっそく本誌記者も「受講」しに行ってみた。
創造学園大学は芸術、福祉を中心とした学部を持ち、学生数は約300人。構内に本格的な日本庭園を持ち、目の前を放し飼いのアヒルが横切る個性的な空間だ。
「今日は今期最後の授業なので、お菓子でも食べながらゆっくりおさらいしましょう」
いちご大福を配りながらそう切り出したのは、客員教授の津田和壽澄先生。名前から初老の男性を想像していたが、なんと和服姿の容姿端麗な女性である。聞けば「KIMONO LIFE コーディネーター」なる肩書きを持ち、365日を着物で過ごしているという。
以下、記者の受講ノートから「孤独学」の概要を説明しよう。
★
日本では一人になることは「協調性がない」とされ、「孤独」という言葉は「寂しい」「独りぼっち」といった悪いイメージでとらえられてきた。
英語ではこうした孤独を「ロンリネス」と呼ぶのに対し、自ら進んで一人になる孤独を肯定的な概念として、「ソリテュード」と呼んで区別している。
群れから離れて一人になる時間を持つことで、人はストレスから解放され、創造力や活力を養うことができる。
野球のイチローや小泉首相など、一人の時間を大切にすることで創造性を発揮し、成功してきた人間は多い。
ロンリネスをソリテュードに変えていくプロセスを学ぶことで、孤独を力にしていくことができる。
★
津田さんは、自ら設立した経営コンサルティング会社「ケイテックス」の社長も務めるビジネスパーソン。「孤独学」という概念は、自身の挫折体験から生まれた。
「好奇心と行動力のかたまり」で、14歳で「社長さんになりたい」と志したという津田さんは、住友商事、デュポンジャパン、メリルリンチ証券などの大企業でキャリアを積み、海外への留学も経験するなど、順風満帆な人生を送っていた。
しかし、勤めていた外資系コンサルティング会社の権力闘争に巻き込まれ、突然クビを宣告されたことが、津田さんに大きなショックを与える。
「気後れから数ヶ月誰とも会えず、寂しさからうつ状態になりました。そんなとき、ふと見上げた夕日がとてもきれいで、急に一人でいることがつらくなくなったんです。ロンリネスがソリテュードに変わった瞬間でした。それ以来、一人の時間をつくることで勇気やアイデアがわいてくることに気づきました」(津田さん)
★
この体験から人間行動学を学び始め、日米欧の孤独に関する著作を読みあさったという津田さんは、自らの理論を『孤独力』(講談社)などの本にまとめて出版。講演やテレビ出演で話題を集め、一昨年開校の準備をしていた創造学園大の学長から「うちで教えてほしい」と依頼された。
この日、学生たちは、「自分の孤独を表現する」という課題を提出し、一年の授業を終えた。漫画や詩などで思いを表現したものから、スポーツや茶道など自分の研究分野に絡めた論文を提出したものなど十人十色だ。
受講生の伊藤浩志君(20)は、授業の感想をこう語った。
「口べたで人とうまく話せないことを悩んでいたんですが、一人でいるのが好きだという気持ちもあった。先生の授業を受けて、孤独は悪いことじゃないんだとわかり、ホッとしました」
横澤城太郎君(20)は、「ソリテュード」の概念に強い共感を覚えたという。
「漫画家になりたいという将来の夢を親や友達に否定されて落ち込んだ時期もあったけど、一人でも頑張ろうと思ってあきらめなかった。授業を聞いて自分が感じていたのはソリテュードの感覚なんだとわかり、興奮しました」
「孤独学」が若者に人気を集める理由を、津田さんはこう分析する。
「共働きや習い事で一人で過ごす時間が増え、孤独を強制されてきた世代。『自ら孤独を選択する』という概念が新鮮だったのではないでしょうか」
本紙・小泉耕平