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ペットを看取るということ 天国の犬からの宿題

第4話:「ダメ飼い主はいても、ダメ犬はいない」。犬に“しつけられた”私

日経ビジネスオンライン
2009年6月10日掲載

【執筆こぼれ話】

この回では、犬を通して自分自身に対峙したという体験を記した。
体が弱かったせいもあり、社会化が遅れたピピは犬には興味を示さない犬に育った。
「犬生」を歩ませたく、その後3歳で家庭教師をつけ二か月間毎朝通ってもらった。
彼が二か月後「卒業です、明日からはきません」と終了を告げた朝の心細さは今でも記憶に鮮明だ。さらに5歳で三好春奈トレーナーと出会った時には、飼い主を「しつける」ポリシーと犬との会話する極意をみせられ驚きの連続であった。

社会化トレーニング中の凜(りん)
社会化トレーニング中の凜(りん)

そして今、このこぼれ話を書く横で「きゅん、きゅん」鳴く子犬がいる。
今年8月31日、我が家に来た凜(ヨーキーのメス)は、生後3〜4か月の適切な時期にピピがお世話になった三好トレーナーとスタッフ・ドッグからの指導をうけている。
ピピと凜について、同じコラムでこのように語る日がくるとは…半年前には夢にも思わなかった。ほんとうに「Life is Full of Wonder」!と心に熱いものがこみ上げる。

普通の犬よりは2〜3カ月遅れながらも、ヨークシャー・テリアのピピは穏やかに成長していった。ただ、社会性が備わるその時期の成長の遅れは、「犬見知り」をする傾向を強くした。

初日から体が弱く、看病と愛情を一身に受けてしまったためか、自分を人間だと思い込んでいるのか、ピピは他の犬には興味のない犬に育っていった。

ボスを私とする“2人きりの群れ”。極力他の犬に触れさせようと努力したが、結局のところ、私に触れられ語りかけられるのが、一番幸せそうだった。それは生後半年の頃、公園でリード(ひき綱)を外したゴールデン・レトリバー2頭に襲われてからは、いっそう顕著になった。私自身もピピを他の犬に触れさせることを恐怖するようになっていた。

しかし、私には夢があった。
それはピピをセラピー・ドッグにすることだった。病気やけが、精神的な痛手を受けた人の不安を和らげ、心と体を癒やすお手伝いをする訓練された犬である。

例えば高齢者がいる施設などを訪問し、ふさぎ込んでいる方々がその小さな温もりを膝に抱き上げることで、犬にまつわるかつての記憶がよみがえったり、無表情だった顔に微笑みが浮かんだりする。触れられるのが好きなピピにとって、それは「犬道」を全うする素晴らしい役目に思えたのだ。

セラピー・ドッグとなったピピ! それは何と凜々しくクールであろうか。ただ、ある問題にすぐに気づいた。ピピは私以外に触れられることに抵抗があるのだ。他の人が触れると、噛むことさえないものの露骨に嫌な顔をし、うなり声で威嚇する。しかし夢は諦め切れなかった。

警察犬の訓練士に家庭教師を依頼

そこで、ピピが3歳になった頃ペット・シッター(留守中の犬猫の自宅にて給餌、散歩をする人)の紹介により、警察犬訓練士を家庭教師として依頼した。犬の訓練のため1カ月程度預ける方法もあるが、いわゆる家庭犬の場合、生活をする場所での訓練が重要だということであった。

家庭教師を依頼した目的は2つ。
(1)誰がどう触れようとも、吠えないようにすること
(2)他の犬とも遊べる社会性を身につけること

初日の朝9時30分、訓練士がやってきた。小柄でがっしりとした50代の男性である。これまで警察捜査でシェパードを連れて出動した経験はあるが、小型犬は初めてだという。

私はその高度な手腕にひたすら期待をし、彼の一挙手一投足に注目をした。月曜から金曜まで毎朝小1時間、ピピはただ気ままに触れられる、という地味な訓練が行われた。

次第に「朝練」のリズムに慣れてきた私にとって、それは育児に迷った新米ママが助っ人を得たような日々であった。結局屋内外の訓練を3カ月ほど続けた後、その訓練は突然終了した。おかげでピピは、子供の集団の中でもおとなしく触れさせ、他の犬にも挨拶できるようになった。

しかし訓練終了後、この状態は日を追って元に戻ってしまった。犬は相手を瞬時に見抜くという。強いボスつまり訓練士には従うが、私になった途端、がまんする行為はピピにとっては意味がなくなったのだ。

それから2年ほど経て、書店では必ず立ち寄ることになっているペットコーナーで『やっぱりワンちゃんと一緒が楽しい』(三好春奈著、エクスナレッジ)という本を手にした。パラパラとめくるうちに、著者の生き方に惹かれ一気に読み進んだ。そこには、人づき合いにストレスを感じ競馬場の厩務員へと転職し、その後コンパニオン・アニマル・アドバイザーになった女性の体験と犬のしつけが書かれていた。

三好春奈さんは「コンパニオン・アニマル110番」代表で、2001年、相棒のウェルシュ・コーギー・ペンブロークの富士丸くんとともに、テレビ東京の番組で第3代犬通選手権チャンピオンになったという経歴。

彼女の文章には、犬の代弁者としての愛情がトレーナーという枠を超えて溢れていた。犬猫から与えられた愛に応えようとする、静かで強い決意と情熱も感じられた。

私は彼女に会いたい、ピピのトレーニングを頼みたいと思い、迷わずに電話をした。その電話で、愛犬のピピが、チャイムや掃除機の音にほえ続け、社会性に欠けている、という悩みを伝えた。三好さんから電話できめ細かい助言を与えられた私は、30分後には「トレーニングをお願いします」と言っていた。

そうして2002年5月12日、再びピピのしつけが開始された。月に1度ほど、6回にわたる自宅での指導であった。

犬のしつけは、飼い主の根気次第

開口一番、三好さんが言ったことは、「しつけが入りにくいかどうかの程度の差はあっても、ダメな犬というのはいません。でも、ダメな飼い主はいます」ということだった。

犬のしつけは、飼い主の根気にかかっているということだ。そして、それをきっぱり宣言したうえで「でも、私も自分の犬は別なんです。一緒に寝ていますし、甘やかしてますよ。だって、それが一緒に暮らす醍醐味でしょ。どれだけ互いにストレスなく暮らせるか。だから一律のしつけルールはないんです」
 私はそれを聞いて、肩の荷がふわりと軽くなった気がした。

「でもそれぞれの家庭で、これだけはダメというラインをブラさないこと」
そう言って三好さんが始めたトレーニングは、以前のものとは全く異なっていた。

とにかくタイミングを見極めて、大げさと言えるほど褒めてしつける。そうすることで、その行動が良いこと、楽しいこととして犬に刷り込まれるのである。

彼女は、「この人の前世は犬?!」と思うほどピピの気持ちを見事に理解し、初対面から“2人”には会話が成立していた。ピピも、「この人にわがままは通じない」とすぐに理解し、結構楽しそうにしている。

驚いたことに、トレーニング時間の9割は私への「しつけ」なのである。「常に整合性を持ってコマンド(指示)を与えているか」「キチンとタイミングを見極めて褒めているか」。

トレーニングを開始して半年後、卒業証書を手にする著者と5歳のピピ
トレーニングを開始して半年後、卒業証書を手にする著者と5歳のピピ

つまり、オーナーの目配りがあればどんな犬も「よい犬」になるということだった。2002年12月1日、ピピと一緒に受けた卒業試験は「マナー」と「しつけ」である。「しつけ」は、ピピが「スワレ」「マテ」「フセ」「ツイテ」などを、アイコンタクトとともにきちんとできているか。そして「マナー」は、私がボスとしてきちんとコマンドを与えられているかを確かめるものであった。試験に合格した時は、私の方が感無量であった。

テリア系の性格特性として、根気強いということがある。ヨークシャー・テリアのピピもそうであり、その特徴は年を重ねるごとに顕著になっていった。ピピの意思表示は「ほえる」でも「噛む」でもなく、ただ希望が叶うまで座ってじっと私を見つめることである。

どれほど時間が経っても動かない。そんな濡れた瞳に、誰が抗うことができるだろうか。私は賢人の意思を、瞳を通してテレパシーで感受する。それは、自分の意思でピピを甘やかしているのではない。そうではなく、私は何年もかけて毎日少しずつ、ピピにトレーニングされていったのである。

そんな時、私の「コンパニオン(相棒)」は「マスター(主人)」になるのである。

結局のところ、ピピにとってはTender Loving Care(やさしく愛情を持って気遣う)が一番のご馳走であり、生きる糧なのだった。そして「誰かの世話をしたい」ということが、当時私の潜在意識で欲していることであった。ピピが私を同居人として選んだそのタイミングは、見事に“需要と供給”が一致していたのだ。

by @kazumiryu

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