雑誌『和楽』2004年10月号掲載
『和楽』の蔵編集長から
「今なぜ、こんなに古着ブームなんだろう?元コンサルタントの視点から、俯瞰するとどう見えるかな」との依頼がありました。
確かに、きものブームは若い人の購買欲を押し上げているようです。
骨董市のきものブースも増え、それに比例して古い着物の価格もあがっています。
少し前の記事ですがブームの心の裏地は今も同じではないでしょうか。
えんじの花織模様が織り込まれている、紬の小紋。
今、都市部を中心にきものがブームになっています。年齢的にも幅広い層を惹きつける、その魅力の背景にあるものを、経営コンサルタントとして市場分析をし、ご自身もきものを日常着ているという津田恵子さんに、伺いました。
なぜきものに惹かれるのか、まずはきものの「魅力・魔力・威力」にあります。第一にきもの自身が美しい芸術であること。心地よい素材に触れたり、美しい色の妙に心躍らされたり、といったことから、とりこになる。作品として惹かれることもあれば、「きものを着ている人が素敵だな」とか「魅力的だな」と思うこともあります。それが、魅力。次に、きものは着る人に自身を与えてくれるというところがあります。ふだんあまり発言もしないし、人と視線を合わせることもできないような人が、あるとき、きものを着たら、魔法がかかったとでもいうのか、人のことをちゃんと見て、背筋が伸びて発言もできていました。これはまさにきものの魔力でしょう。もうひとつ、それこそ家が一軒建つというくらい、金銭感覚を麻痺させる魔力もありますね。それから、電車の中で親切にされたり、レストランでの扱いがよかったり、という威力は、みなさんも経験がおありと思います。
次に言えるのは、人と違う事がしたい、という思い。20世紀は多くの人がブランド品を手に入れました。とりあえずブランド品を手に入れて、次に何を欲しているかというと、人と違うものが欲しい、違う事をやりたい?個性を発揮したいということ。たとえば40万でブランドのスーツを買うなら、同じ40万で一生着られるきものを買おうと、思うわけですね。
さらにこのデフレ経済で、お給料も減ってボーナスがないところも多い中、わきあがってきたのが骨董市やビンテージもののブーム。ものによっては、逆に高くなっていますが、要するに古着となれば、うまくいけば1000円できものが買えたりする。100万の物が1000円になることもあれば、10万の物が5000円になることもあるけれど、いずれにしろ、なんらかのきものが手に入り、気軽に楽しむことができます。ということで、デフレ経済の中にしっかりはまりました。ユニクロのCMで、ブランドとしてのユーミンに980円のTシャツを着させる。それもひとつの象徴です。マクドナルドしかり、吉野家しかり、ドンキホーテしかり。金銭的に余裕がないからという理由で行ってるわけじゃないですね。安いから、ではなく、そこがワンダーランドだから、興味があるから行っている。今まで、古着なんて買ったこともない人が骨董市に行って、「あ、これはいい物だ」って思ったときに買う市場がもうできていたわけです。
社会的には環境問題があります。昔の人はきものを着倒したら、ほどいてお布団にした。布団を使い倒したら、今度それが座布団になって今度はおむつに、ぞうきんに、そしてはたきになる。きものはもともと究極のリサイクル商品、そんなところも今の気分に合致するのだと思います。
そして晩婚少子化。晩婚という事はDINKSが多いし、結婚した時点で、すでにある程度収入がある。また、働く女性が増えているということでもあります。働く女性は何かと忙しいですね。仕事だけじゃなくてお稽古ごともあるし、ダイエットもしなきゃいけない(笑)。そういう、たくさんやることがある中で、必要なのがひとりの時間。つまりホッとする時間。ヒーリングミュージックを聴く。エッセンシャルオイルを垂らして、お風呂に浸かってホッとする。今までもいろいろあったでしょう。でも、もうそれだけじゃ飽き足らないんです。それプラスアルファが欲しい。ペットブームもそのひとつでした。でも、独身女性が犬を飼ってたりすると、「愛情のはけ口として飼ってる」(笑)と思われるんじゃないか、それこそ負け犬に(笑)通じるんじゃないかと、世間が少し気になるかもしれません。言葉では出さないし、そんなことはあり得ない顔をしているわけだけど、なんとなく、あるわけですよ(笑)、無意識の中に。しかし、癒されたい。自分のエネルギーを高めて、明日の自分に向かいたいわけです。
そのとき後ろ指さされず、かつ文化的香りが高い。そしてある程度のお金ででき、自分で楽しめることといったら?そこにきものがはまったんです。負け犬でもなく、日本の美しい伝統と芸術を愛でるという点にもエクスキューズがあるわけです。
きものを愛する気持ちは日本人のDNAに刻みこまれているのでしょう。七五三のときに、きものを子供に着せると喜ぶでしょう。そのDNAがあるからこそ、いろいろな文化人、ニュースキャスターや、タレントさんが、きものを今、一生懸命着たがる(笑)。やはりDNAが起動したのではないでしょうか。それを支えるインフラとしてあるのが、リサイクル、デフレ経済、晩婚少子化などの社会環境。それにより顕在化したのが、今のブームと考えられます。
by @kazumiryu