雑誌『インサイト』2009年9月号 掲載
この取材は365日のきもの生活の根底にある考え方を明確に打ち出したという点で、これまでとは一線を画す意味合いをもつ。それは“「きものを纏うとは」ソリテュードを楽しむこと。それが、私を成長させるライフ・スタイル”、“「きものは普段着、それは自己創造のステップ」”などという発言となっている。
私の仕事の一つに着つけ指導がある。しかし、私をわくわくとその行動に駆り立てるのは、着物を纏うことにソリテュードという時空間があることを、きものを通じて知ってほしいからに他ならない。
【本日のきもの1】小紋の単(ひとえ):温もりのある水色に幾何学模様が白で染め抜かれた絽。自分で仕立てた一枚。
【本日のきもの2】小紋の単(ひとえ):ベージュの地に黒い柄が斬新。袋帯を半幅帯として一文字結。
【本日のきもの3】 小紋の単(ひとえ):青紫の絽目が涼しげな小紋。なでしこ柄。自分で仕立て品。
きものライフスタイルコンサルタントとして、中学生から年配の方々まで指導されている津田恵子さんは、以前はきものと全く縁のない生活を送っていた。今では「きものは普段着」と話し、新たな自己創造のステップとしているという。
黒の名古屋帯(絽)は夏の装いを引き締めます。
大和美人…津田さんのきもの姿を見ていると、この言葉がぴったりと当てはまる。上品なふるまいや身のこなしを身につけ、「この人と一緒にいると気分がいいな」と思わせてくれる。
きもの姿の立ち居振る舞いが鮮やかなので、きものとの結びつきはさぞかし古くからだろうと思いきや、実は津田さんがきものと出合ったのはまだ10年も経っていないという。きものと出合う前は、人事戦略コンサルタントの仕事をしていて、日本とアメリカを往復する多忙な日々を過ごしていた。
「当時は高級ブランドのスーツを着て、オフィスと自宅を行ったり来たりしているという、きものとはまったく縁のない生活を送っていましたね」
しかし、海外のパーティーで懇談しているときに、一種の違和感を覚えたという。
「外国人の方はパーティーに出席すると、自分たちの国の民族衣装をまとっていたんです。純粋に「わぁ、素敵」と憧れの眼差しで見ていました。
ところが、同じ場に出席している日本人の方々はというと、みんな判で押したようなブランドもののスーツ姿だったんです。正直なぜ? と思ってしまいました。
民族衣装を着ている方々からは、それぞれの国の文化の香りや品性を感じました。
しかし、私たちはなぜ自分の国の民族衣装を着ないのだろう? 自国を誇りに思わないからかしら? という疑問が湧いてきました。」
そんな津田さんがその後、仕事に疲れ果て、やがて会社を退職し、一人でふさぎこむ時間を過ごすようになる。まさに「引きこもりのような状態だった」と話す津田さんは、大学院で孤独について研究を始めるようになった。その時「ひとりで過ごす時間の効用」について体系的に学び、それをソリテュード(積極的孤独)と名付け孤独学研究の第一人者となったのだ。
「一人で過ごす時間というのは、人を成熟させるものであって、全ての人が持っている能力なんです。日本は高度経済成長期に、集団で行動する(仕事をする)ことによって成功しましたが、今はそうした時代ではありません。自分は何者なんだろうと、“自分探し”をする人が増えていました。
そうした背景から、日常生活でのひとりの時間の効用を活性化させることにより、自分の軸を太くしていくことが大事であると考え至るようになりました。」
品川女子学院にて(中2への浴衣指導の折)
ソリテュードを学んでいた同じ時期に、友人から「きものを教えてくださる先生がいるから、一緒に習ってみない?」と声をかけられた。津田さんは「一度くらいなら」という軽い気持ちでその先生に会ってみることにした。すると、きものの素晴らしさ、奥深さにとりつかれてしまったという。
「今まで私が考えていたきものは“ハレ”、つまり特別な日に着るもの、という印象が強かったんです。
でも、私は日常生活でもっときものを着ることを提唱していきたいと素直に思いました。しかも、きものを纏うという行動は私が研究しているソリテュード(積極的孤独)という概念を表現するための一つの手段であると、直感的に結びついたんです。」
Tシャツやジーンズなどを着るには数十秒で済む。きものを纏うには、どんなに着なれていても一〇分程度はかかってしまう。しかし鏡を見ながらのその時間は、自分を映し出すソリテュード・タイムでもあるのだ。周りは慌ただしくても、内面には静かな時が流れている。そんな深く精妙な世界へと想像の羽根を伸ばしながらきものを纏うことは、まさにソリテュードという生き方なのである。
「孤独」というと、「寂しい」「一人ぼっち」などとマイナスな面を思い出しがちだが、「自分らしさを取り戻す」時空間の側面も併せ持つことを意識したい。
ゆっくりとお風呂に入って一息つく時間、リビングでお茶を飲んでいる時間……そんな何気ないひとときを過ごしているときに、ふっといいアイデアが浮かんだりするような経験をみなさんはお持ちでないだろうか? ひとりの時間をどう過ごすかによって、心の丈を伸ばせるようになると、津田さんは力説する。
六本木ホテルリッツカールトンロビーにて
「私はきものを着ることよって、以前のようなスーツを着て仕事をしていたときとは違って、本来持っていたはずの心のゆとりやおおらかさを身に纏えるようになったと思います。
ひとりの時間を意図的に持つことは、心が豊かになるだけでなく、クリエイティブな発想を引き出せるようになるでしょうし、たたずまいも美しくなるでしょう。そんな姿は、ひとえに心の中に静かな水を湛えた場所をもっていられるか否かにかかわってくる様です。
今、中高生から社会人まで、幅広い世代の方にきもの指導や意義をお伝えしていますが、みなさん“きものの魅力・魔力・威力”について共感してくださいます。
これからは全国を行脚して、きものが持つ美しさ、面白さ、思いやりの心などを、ソリテュードという生き方提案の一つとして、一人でも多くの方へ伝えていければと考えています。」
文/小山 宣宏